描かれた「匂い」


こんにちは。事務局のみすです。

第1教室も、第2教室も、窓を開けるとハゴロモジャスミンの甘い香りが漂う頃となりました。

 

受講のお申し込みを受け付けしていて、 いつも気になっていたことを調べてみました。

当校で受講歴のある方たちのお名前に、

 

香、を含む方    ・・371名

薫、を含む方 ・・32名

芳、を含む方 ・・25名

ひらがなやカタカナのかおりさん、かおるさん ・・44名

 

おお、やはり。

全体の比率としては1割にも未たないですし、よその業界とも比較しようがないですが、

香りを身近に感じて育ったであろう方たちが

アロマテラピーの学校に400名以上もいらっしゃるのは確かなのでした!

 

今回ご紹介する絵も、香りを表すことばが名付けられています。

 

untitled

 

藤島武二「匂い」1915(大正4)年

(所蔵する東京近代美術館の常設展にて撮影、現在出品されているブリヂストン美術館は撮影不可です。)

 

チャイナドレスを着た日本女性と花瓶に生けられた花が

セザンヌ風の構図と筆致で描かれています。

机の上に置かれているのは香水瓶ではなくて、嗅ぎ煙草入れなのだとか。

においは、古来、色彩を表すことばでもありましたね。

この絵に、皆さんはどんな香りを感じますか?

 

1905年から10年まで、パリとローマで西洋美術を学んだ藤島は、

帰国後、自分のルーツである東洋と向き合うべく

チャイナドレスを着せた日本女性を西洋画法で描きました。

大正時代には多くの画家達がチャイナドレスを描きましたが、

この絵はその最初期の一枚だそうです。

 

列強入りした日本が、満州を支配下に置いていった時代ですから

チャイナドレスを描く事自体、差別意識の現れだったと今では批判されていますが、

マクロビオティックを通じて陰陽五行の考え方を、

アロマテラピーを通じて東洋医学の考え方を知った自分にとって、

100年も前の画家の思考錯誤や問題意識は、なんだか他人事のように思えないのです。

 

ラリックがガラス製香水瓶の制作を始めるのが1910年、

香水塔を設えた旧朝香宮邸(現東京庭園美術館)が建てられたのが1933年。

ガットフォセが「Aromatherapie」を著したのが1937年。

・・1915年に、視覚芸術である絵画の主題として「嗅覚」を選んだ藤島は、

時代に対する嗅覚も、大変鋭い人だったのかもしれません。

 

「描かれたチャイナドレス–藤島武二から梅原龍三郎」展は7月21日まで。

日本に最初に入ったセザンヌの絵と見比べるなんて

贅沢な体験ができるのは、ブリヂストン美術館ならでは!

「霊媒派」を自称したという、久米民十朗の作品も面白いですよ~。


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2014-05-12 | Posted in アロマと精油, ブログNo Comments » 

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